利便性はお金で買う?

木曜日に都会に戻りました。

MacBook Airを黙々と打ち続ける若者でいっぱいのカフェで、

ブレックファーストブリトーを頼んだら、

茹でたジャガイモが入った摩訶不思議なものが出てきた。

コーヒーは美味しいけど、あれはいただけません。

都会はワンダーランド。

心地よいサプライズと安定した日々の動きがここにはある。

例えば、屋根の樋の掃除を忘れた田舎では、

大雨が降ると大変なことになったけど、

都会では、大雨の予報が出るやいなや、

マネージャーが全ての家のバルコニーの排水溝の掃除を

メンテナンスの方々に申し付ける。

停電しても、ジェネレーターがエレベーターを動かすため

空中の家まで階段を登ることもない。

荷物が届けば家の前まで運んでくれるし、

粗大ゴミもマネージャーに電話一本で解決する。

この快適さは、お金で手に入る。

管理費は目が飛び出るぐらい高いけど、

それでも、誰かに何かをしてもらう時に支払う代償と割り切れば

それはそれなりに納得できる。

全てが自分で出来ればそれでいい。

でも、その時間を仕事にそして他のものに注ぎたい人間には、

お金で買う利便性は捨てがたい。

特に、これから年を重ね、いろんなことが面倒になった時、

私にはこの利便性を手放す勇気はない。

だから、この家はどうしても守る。

ここを捨てることは私にはできない。

 

 

 

 

 

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